今回傍聴した裁判は、とある交通事故の裁判。車に乗った男が、自転車に乗っていた男性を轢き、重傷を負わせたうえ逃げた、いわゆるひき逃げ事案だった。
しかも、単なる事故ではなく、被告がわざと被害者を轢いた、というのだから驚きだ。被害者の方は胸に車が乗っかる形となり、一時、集中治療室にいたという。
いざ裁判が始まってみると、被告と被害者、双方の主張は食い違っている。互いに「あっちが煽ってきた」と主張しているのだ。被告の主張では、自転車の男性の方が煽ってきたというのだ。あっちが煽ってきたから、わざと轢いたのだ、と。
だが、裁判は被害者の証言を前提として、被告には不利な形で進んでいく。弁護側もそこに関しては争う姿勢を見せない。
なぜか。
実は被告は事件直後「統合失調症」という精神病を患っていると診断されたのだ。
統合失調症とは、幻覚や幻聴、被害妄想がひどくなるという病気。
検察側は被告の「相手が煽ってきた」という証言は、被害妄想である可能性が強いと考えていて、弁護側も「被告は病気のせいで被害妄想が強く、そのせいで『煽られている』と誤解し、犯行に及んだんです。病気が悪いんです」という情状弁護を行っていた。
仮に被害者の方が煽ってきたとしても、相手を轢いてそのまま立ち去るというのは確かに正気の沙汰ではない。
被告は「相手は刃物を持っていた」と主張していたが、この事件は近所の人がすぐに救急車と警察を呼んだので、もし被害者が刃物を持っていれば、必ず現場で回収されていたはずだ。車が上に乗っかり、あちこちを骨折した被害者が証拠隠滅できるはずもない。
刃物など、どこにもなかったのだ。被告の妄想だったのだ。
実際、検察官が事件の時のことを質問しても、被告の証言はあやふやで、二転三転する。彼の中では「事実」だと思っていたことが、実は事実ではなかったということのだろう。
それにしても統合失調症とは恐ろしい病気である。
厚生労働省のページに載っているので見てみると、統合失調症の原因はわかっていないらしい。遺伝的なものと環境的なもの、両方の要素があるのだとか。
何がおそろしいかというと、本人は「自分がおかしくなっている」ということに気づきづらい、ということだ。
厚生労働省によると「幻覚や妄想の多くは、患者さんにとっては真実のことと体験され、不安で恐ろしい気分を引き起こします。」「「本当の声ではない」「正しい考えではない」と説明されても、なかなか信じられません。」「症状が強い場合には、自分が病気であることが認識できない場合もあります。」
統合失調症の文章を読んでいてふと思ったのが、「これを読んでいる自分は果たして正常な人間なのか」ということ。
いやいや、自分に「街ですれ違う人に紛れている敵が自分を襲おうとしている」という妄想や「考えていることが声となって聞こえてくる」という幻聴、さらには「自分の意思に反して誰かに考えや体を操られてしまう」なんて症状、全く心当たりがないぞ。
そう思いつつも、じゃあ自分は正常であると自分で証明できるのか、と考えると、自分が正常だと断言できる人間なんて、この世に一人もいないのではないだろうか。
体の病気だったら、症状は他人から見ても、そして、自分から見てもわかりやすいものが多い。最近、咳が多いとか、トイレに行ったら血尿が出たとか、頭ががんがん痛いとか。
でも、心の病気はなかなか症状がわかりづらい。他人から見てもわかりづらいし、本人からすれば「異常」とすら認識できないもののことが多い。
誰しも、自分が異常だなんて思っていない。だが、誰も自分が正常であると証明できないのだ。